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2010年8月 4日 (水)

8月3日(火) 「電脳あぶさん」

 203X年、サイボーグ化されたあぶさんが現役復帰!(あぶさんって現役引退しましたよね) 8月6日のブルーレイHDR導入に備えて現用STB TZ-DCH2000のHDD整理が大変だ。9~10時間分ほどのコンテンツが残っている上に「プライミーバル」NHK BShi一挙放送など録画しなくちゃならないものが目白押しだ。毎日、毎日、BW800にムーブしているけれどもiリンクムーブは等速のみだから時間が掛かってしょうがない。またBW800のHDDだって容量が限られているから適宜BD-REに退避させねばならぬ。

 こんなことをどたばたやっていると連日の猛暑も重なって気が狂いそうになってくる(大げさ、大げさ)。

 本日は日帰り別府旅行。午前6時にびゃっと起きる。シャワーを素早く浴びて身支度を拵え、そしてT子を起す。予想通り前夜の夜更かしが祟ってなかなか目を開こうとしない。それでも今起さないと旅行のスケジュールに大幅な遅延を引き起こしかねないので、心を鬼にして(笑)足の裏をくすぐったり手足を持ってぐるんぐるんと動かしたりぺしぺしと額を叩いたりする。それでも起きないので最後は無理やり抱き上げてたたせましたけどね。

 彼女が身支度している間に私は事務所へ行って亀に餌を与えたりある物件の鍵を某所に置いたりする。そして午前7時、母親、T子と共に出発。まずはタクシーで博多駅へ。特急列車ソニックで小倉を経由して別府まで。約2時間の旅である。T子はそのほとんどを寝て過ごしていたが、私は強すぎる冷房に震え上がりほんの10分ほどうつらうつらしただけであった。

 午前10時過ぎに別府到着。駅の改札口に「ようこそ、地獄へ」というポスターが貼ってあるのが面白い(笑)。こんなフレンドリーな地獄、世界にも類を見ないぞ。この後、駅でタクシーをチャーターし「明礬温泉の湯の花小屋」「坊主地獄」(本家坊主地獄 天然記念物指定されており団体観光客を受け入れないので地獄の組合に入っていない)、「海地獄」、「血の池地獄」、「湯煙展望台」を回る。運転手さんが非常に詳細なガイドをしてくれるというツアーで今までに何度もテレビの旅番組などに協力しているそうな。

 その話術は非常に洗練されており、地元の小学校などで講演もすることがあるのだとか。

 地獄めぐりそのものは非常にポピュラーな観光地であるから、ネットに山ほど旅行記、体験記がある。私がわざわざ書くこともなかろうと思うので省略させて頂く。ただひとつ、個人的に面白いと思ったのが海地獄の売店にヘレン・ケラーとサリバン先生の三重苦コンビが昭和12年に訪れた際の写真が飾ってあったこと。やっぱりサリバン先生は温泉のことを教えるためにひしゃくで海地獄のお湯を汲んでヘレン・ケラーの手に掛けたりしたのだろうか。ヘレン・ケラーは「H、H、HOT WAT、gyaaaaa!」と悲鳴を上げたりして。

 こんな酷いことを書く奴というのはもう間違いなく人間の屑であるから、みなさんも気をつけるように。

 (http://plaza.rakuten.co.jp/beppuonnsenn/より引用開始 昭和12年、はじめて日本を訪れたとき、ヘレン・ケラー(写真向かって左)は、海地獄を見物した。 ■ 彼女の掌を取って説明しているのが、サリヴァン先生。<引用終了>もっともサリバン先生は1936年(昭和11年)10月20日に70歳で亡くなっているのだが。この写真は当時の秘書であったポリー・トンプソンではないのかと思ったら<http://wwwtb.mlit.go.jp/kyushu/topics/file001_020/file003/library/history.html>でこのような記述を見つけた。<引用開始>ヘレン・ケラーは、1937(昭和12)年5月29日~31日長崎での講演後、休養を兼ねて2泊3日の雲仙旅行を楽しむ。 《エピソード》日本の温泉には混浴があることを知っていたヘレンは雲仙ではじめてその混浴を体験。お風呂では「私はゾウ、秘書のポーリーさんには「あなたはアザラシ」と名づけ、雲仙の温泉を楽しんだ。「これがアメリカにばれたら大変なことになるわ!<引用終了>

 やっぱりポリー・トンプソンじゃないか(笑)。

 「ヘレン・ケラーは日本の温泉で混浴を楽しんだことがある」というのも立派なトリビアになるぞ。

 食事は運転手さんお勧めの料亭。T子には料理長お勧め寿司、私と母親は刺身定食の上。豊後サバと関あじの刺身が入ってお値段2,800円のところが本日は刺身の日ということで2,000円ぽっきり。鯛やまぐろなどはごくフツーの美味しさというか、福岡でも食べられるレベルなのだが、売り物の豊後サバと関鯵がやっぱり素晴らしかった。特に関鯵は数年前に福岡の料亭で目玉が飛び出て壁に当たって跳ね返りまた元に収まるほどの値段で食べたものより数段上。やっぱり魚は本場で食べないとその真価は分りませんなあ。

 なお、ここで生ビール2杯を飲んだ。炎天下でただでさえ暑い地獄を巡って干物のようになった体が一瞬にして蘇った。

 その後、運転手さんに水族館 海たまご(大分マリーンパレス)まで送って貰う。どうも詳細なガイドを有難うございました。それから水族館見学。この水族館を訪れるのは実に40年ぶりくらい(笑)。もちろん、当時は海たまごなんて海ほたると間違えそうな名前ではなくマリーンパレスだった。石鯛が水槽の中で輪を潜ったり、電気ウナギがウンと発電していたり、テッポウウオが虫を射落としたりするショーをやっていた。

 40年たっても同じ展示水槽があるのにびっくり(笑)。時間が合わず電気ウナギ以外は見られなかったけれども一体何代目の魚たちなんだ。。他の展示物では関サバ・関鯵・城下カレイなど大分近海の魚類が圧巻。まあ、この展示内容ではどうしても「すげー」というよりも「美味そう」になってしまうけれども(笑)。

 水族館の次は高崎山見学。モノレールでサルがたくさんいる広場(っていうのかね、あれは)に昇っていくのだがT子、その広場駅の出口から出られない。なぜならその出口のすぐそばにサルがいたからだ(笑)。そりゃ、今まで檻の中にいるのしかみていなかった子供がいきなりこんな接近遭遇したらびびるに決まっている。もっともT子、サルの存在にすぐ慣れて毛づくろいをしている家族を熱心に見たりしておりましたが。

 この高崎山も水族館と同じく40年ぶりくらいの再訪。あんときゃ、弟がサルに飛びつかれて大泣きをしていたとか、この広場はもっと広くなかったかといろんな思い出にふけっているとすぐに時間が過ぎて午後4時。列車の時間が迫っている。

 高崎山の入場口でタクシーを呼んでもらい別府駅へ。午後4時38分の特急列車ソニックに飛び乗り午後7時過ぎに帰宅。

 私は一旦事務所へ行って亀の世話やネットのチェック。朝、某所に置いた鍵も回収。その後セブンイレブンで豚角煮、冷やし牛蒡天うどんを買って帰宅。缶ビール1本と共に腹に収めたのであった。

 シャワーを浴びてT子とまた「プライミーバル」 去年見た筈の第二シーズンだが、こうして再見すると忘れていたことがたくさんあるなあ(笑)。

 終了午前1時過ぎ。例によってT子を母親の部屋に送っていった後ウィスキーの水割りなど飲む。就寝午前2時半過ぎ。

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