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2014年8月17日 (日)

8月12日(火) 「オモニ泣いてます」

 

 従軍慰安婦で惨い目に会わされたのに日本政府は何もしてくれないからです。元ネタは東村アキコ先生の「主に泣いてます」 漫画の巻末コラムでたびたび韓国愛を表明されている先生の漫画作品でこのような駄洒落を作ってしまって申し訳ありません。<西日本新聞2014年8月15日 朝刊一面より抜粋して引用>

 「戦後70年へ」 戦場は地獄 直視を 戦場は地獄だった。「そこで何が起きたのか、普通の人間がどうなるのか直視して」。終戦まで5年にわたり、旧日本軍の歩兵として過酷な体験をした三重県桑名市の近藤一さん(94)は、講演などで「過ちを繰り返すな」と訴えてきた。

 安倍政権下での特定秘密保護法成立や、集団的自衛権の行使容認。「戦争はいきなり始まるのではなく、少しずつ準備されていく」。近藤さんは危機感を強める。

 1941年、20歳で入営。中国山西省に送られた。ある日、初年兵70人が2列に並ばされた。立ち木に中国人男性2人が縛り付けられていた。「上官からスパイを処刑すると言われ『突け!』の号令で銃剣を構え、突進した」。足ががたがた震えたが、思い切って刺すと、すーっと入った。

 「『中国人は悪いことばかりする。世界を平和にするためだ』と思い込んでいた。酷いことだという感覚はなかった」

 一帯では共産党の八路軍が激しいゲリラ戦を展開。八路軍がいるとの情報が入ると討伐に出掛けた。「15~20人ずつに分かれ集落を一軒一軒確認し、金品を奪った。他の兵士が女性を強姦し、『おまえの番だ』と言われたが、何もできなかった」

 残虐な行為は他にもあったと近藤さんは証言する。「古参兵が、赤ん坊を抱いた中国人女性を裸にして、山中の行軍に連れ歩き、子どもを谷底に投げると女性も後を追った」かわいそうだと思ったが、重い荷物を背負って歩き始めると、すぐに忘れてしまった。<後略 引用終了>

 スパイ云々はともかく、後半の女性虐待事件には何か裏付けがあるのか。八路軍がいるかも知れない状況で金品を略奪したり、女性を強姦している暇はあったのか。さらに赤ん坊をだいた女性を裸にして行軍に連れ歩くという行為に何の意味があったのか。行軍速度を遅らせるばかりであり、そうしたことを許す指揮官などあった筈がない。古参兵とは指揮官のことではないぞ。

 私の目には不可解なことばかりだ。

 朝日新聞がつい先日、吉田証言で大恥をかいたばかりだというのに、よくもまあこんな記事を載せるものだ。このおじいさんが自身が体験したこととして、たとえば本にして発表するというのはかまわない。このおじいさんにも言論の自由があるからだ。その代わり、ネットやいろんな人にめちゃくちゃ叩かれるだろうけれども(笑)。しかし、この不自然な戦場の残虐行為ストーリーを何の検証もしないまま、西日本新聞が記事にしてしまうのは言語道断といえる。

 彼らはどうやら朝日新聞の事例から何も学んでいないらしい。

 仕事は、まあ、いろいろあった。これでオシマイ(笑)。食ったもの、昼飯にマルタイ棒ラーメンを二食分。たまに食うと妙に美味いんだ、このインスタントラーメンは。その代わり2日続けて食おうとはまったく思わないのが不思議である。夕食は末弟家族との会食。ある料亭でイカの活け造り、オコゼの活け造り、さざえの刺身など、豪華海鮮料理を食べまくる。ビールもがっぱがっぱ飲んだ。日本酒もくいくいやった。

 半年分の栄養補給をした思いだ。

 なお、この席でふと思いついてK太郎に「おじさんたちは、友達の家で明後日(14日)バーベキューをやるけど、お前も来るか」と誘ってみる。知らない大人ばっかりなのでしり込みするかと思いきや、意外にも行きたい、行きたいと大はしゃぎ。その場でぴんでんさんに電話して彼の参加をお願いする。

 帰宅後、しばらくK太郎を遊び、午後9時過ぎに自室へ引き上げる。シャワーを浴びてドラクエなど。もうまた30分の間に2回もパソコンが強制終了されやがった。

 就寝午前2時過ぎ。

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