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2016年2月15日 (月)

2月14日(日) 「お口のコレヒドール ロッテ」

 2月14日(日) 「お口のコレヒドール ロッテ」
 またも古臭い駄洒落ですみませんなあ。今の若い人は「お口の恋人ロッテ」などというキャッチフレーズとか知らないでしょうからなあ。いや、キャッチフレーズという概念そのものを分かって貰えないかもしれません。

 「寿産院事件」
 1948年1月、東京・新宿区柳町の「寿産院」で、100人以上のもらい子が死亡していたことが判明。経営する石川ミユキ(当時51歳)、猛(当時55歳)夫妻は配給品を受け取るために子どもを貰い、ろくに食事を与えていなかった。

 寿産院では44年から、新聞に三行広告を出して食糧難にあえぐ母親たちから1人5、6,000円の養育費で赤ん坊を預かってきた。当時、タバコの「ピース」10本入りが7円、NHK聴取料5円、新聞月8円であったことを考えると、取引額はかなり大きいものであった。また預かった子どもは1人300円、器量の良い子どもは500円という値をつけて希望者に売っていた。
 敗戦から3年しか経っていないこの年はベビーブームであったが、同時に貧しく、混乱の時代だった。

 (このあたりの記述には疑問あり。食糧難にあえぐほどの貧困状況にあった母親たちが5,6千円もの大金を払えたとは思えない)

 (補足 戦前の日本では堕胎は違法であった)

 1948年10月11日、東京地裁、ミユキに懲役8年、猛に同4年、A子(助手)には無罪を言い渡した。1952年4月、東京高裁は懲役4年と同2年の判決。<http://yabusaka.moo.jp/kotobuki.htmより適宜補足して引用>

 いくら戦後の混乱期といえ100人以上の嬰児を事実上殺害した罪が懲役8年とか短すぎ!ちなみにこの石川ミユキは東大医学部産婆講習科卒。

 おまけに

 47年2月には新宿区戸塚町の「淀橋産院」が摘発されている。同院は61人の嬰児の栄養不良死があり、「第2の寿産院事件」と言われた。<http://yabusaka.moo.jp/kotobuki.htmより適宜補足して引用>

 主な貰い子殺人としては佐賀貰い子殺人事件 60人(1905年発覚 主犯の夫婦は死刑執行)、板橋貰い子殺し事件(1930年発覚) 犯行自体が誇張された可能性あり、川俣初太郎貰い子殺人事件 25人 主犯の男は死刑(1933年) 愛知貰い子殺人事件 200人!主犯三人は死刑執行(1913年発覚)他にも貰い子殺しの事例は枚挙に暇がない。

 こういう時代があったんすよ、日本にも。

 仕事はまあ、いろいろあった。これでオシマイ(笑)。食ったもの、朝飯にコンビニのホットドッグとコーヒー。昼飯は稲庭うどん、肉と天ぷら入り。夕食は都合があって自分飯。鶏わさでビール500ml缶一本飲み、キャベツの千切りとカップヌードル シーフードで仕上げ。

 その後は映画も見ずにだらだらと「GATE 動乱編」を読み返す。

 午後9時過ぎにシャワーを浴びてお酒。お供は録画しておいた「そこまで言って委員会」と思ったのだが、フィフィと田島陽子が出ていたので怖気をふるい即刻削除の刑に処す。

 後は昔の「大食い選手権」を見ていました。

 就寝午前1時過ぎ。

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